上磯ダム公園キャンプ場 ~函館観光と石灰岩~


探訪日:2025.05
サイト:フリーサイト
温泉:


 2025年のゴールデンウィーク。北の大地にようやく緑が戻り、草木が芽吹く季節がやってきました。朝晩の冷え込みはまだ厳しいものの、毎年恒例の春キャンプは楽しみにしています。「家族でキャンプに行きたい!」という情熱に押され、比較的温暖な函館方面へと車を走らせました。

「予約不要・無料」のゆとりが心地よい

 函館近郊のバンガローはどこも予約開始と同時に埋まってしまう激戦区。そんな中、ここを選んだ理由は「予約不要で200張の広さ」という安心感でした。 実際に訪れてみると、設備と綺麗に整備されており、無料とは思えないくらいでした。日中は管理人さんが常駐しており、親切な説明していただきました。チェックイン・アウトの時間を気にせず、静かな環境でゆったりと2泊3日を過ごすことができました。

左写真:管理棟 / 右写真:炊事棟(右)と管理棟(左)


満開の桜と水芭蕉

 幸いにもポカポカ陽気に恵まれ、午前10時に到着。目の前に広がっていたのは、まさに「満開のソメイヨシノ」でした。 2025年の函館の桜は例年より早く、4月27日には満開を迎えましたが、山間に位置するここは数日遅れたことと、開花後の低温で花が長持ちしたようで、見頃と重なったようです。未明に降った強めの雨が功を奏したのか、空気は澄み渡り、青空・桜・新緑のコントラストが目に鮮やか。この時期は虫も少なく、「あずましい(心地よい)」時間を堪能できました。
 園内を散策すると、管理棟の下の湧水に広がる湿地帯に水芭蕉も。少し時期は過ぎ大きくなっていたものの、子供が学校の課題にと熱心にカメラに収めていました。私も一緒に撮影してみました。


雨上がりの設営と「お座敷スタイル」の工夫

 前夜の豪雨で芝生は少し「ジュブジュブ」とした状態。水捌けの良い高台(道路より山側)の方にテントが多かったですが、ダム側の広々とした桜の木の下を選びました。 荷物運びは少々大変でしたが、ブルーシートを敷き、リビング部分はさらに1枚重ねて敷く「お座敷スタイル」で対策。寝室部分は防水仕様のため、地面の水分を気にすることなく、快適なリビング空間を作ることができました。


息が白くなる夜。アラジンのストーブが灯る

 山間にあるダム公園の夜は、息が白くなるほど冷え込みます。ここで活躍したのが、昨年導入した「アラジン」の小型ガスストーブ。 レトロで可愛いフォルムながら、微小燃焼でもテント内をやんわり暖めてくれます。古いテントならではかどうかはわかりませんが、裾からの適度な換気性能に加え、上部とサイドの窓を少し開けて安全に配慮。ストーブの上でパンやかまぼこを炙りながら過ごす夜は、キャンプならではのひとときでした。


上磯の桜並木

 道道98号線沿いが、しばらくず〜と桜並木が続き綺麗でした。これはすごい。上磯のこの国道の桜並木は、うちの家族としてはポイントが高かったです。この並木見れてよかったね、また来たいねと思いました。函館に行く途中に通るのですが、通るたびに「上磯って綺麗だね」と心が澄み渡る感じでした。



函館観光編:満開の桜と歴史の湯、そして「夜景」の洗礼

 上磯ダム公園からは「函館江差自動車道」を使えば、市街地までわずか30分ほど。山間の静寂から一転、華やかな函館巡りへと繰り出しました。穏やかな小春日和で、街はゴールデンウィークの函館は活気に満ちていました。


散っていなかった「五稜郭」の桜

 20年ぶりだろうか。五稜郭。時期的に「もう葉桜かな」と諦めかけていましたが、開花後の花冷えが幸いし、目の前には奇跡の満開風景が広がっていました! 五稜郭タワーの展望台から見下ろす星型のお城のさくらは、記憶よりずいぶんボリュームを増したように思う。もうそんなに来てなかったかと思いました。ここは混雑を避けるため「朝一番」に来るのがよいです。駐車場にスムーズに入れました。また、向かいのお寺で出会った見事な椿も印象的。御朱印好きの子供も、素敵な一枚を授かることができて満足の様子でした。



聖地巡礼!名探偵コナンの舞台「北海道東照宮」

 函館の北東にひっそりと佇む「北海道東照宮」。ここは2024年の映画『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』の舞台となり、話題になった場所です。 公開から約1年が経ち、境内は本来の静けさを取り戻していました。ここでも満開の桜が私たちを迎えてくれ、映画のシーンに思いを馳せながら、落ち着いて参拝することができました。



「谷地頭温泉」で温まる

 歩き疲れた体を癒しに向かったのは、名湯・谷地頭(やちがしら)温泉。 1953年開業という歴史を持ち、2013年の民営化リニューアルから13年が経ちますが、そのパワーは健在です。鉄分をたっぷり含んだ独特の「鉄錆色」の湯。浴槽の縁には湯の華が付着しており、その積み重なった時間が成分の濃さを物語っています。源泉かけ流しの湯に浸かり、芯からじわじわと効いてくる幸福感を味わいました。

絶景の代償!?夜景観賞は「防寒」が命

 旅の締めくくりは、やはり100万ドルの夜景。ですが、ここが一番の試練でした(笑)。 宝石を散りばめたような夜景は相変わらずの美しさでしたが、とにかくものすごい人!ゆっくりと余韻に浸る間もなく、帰りのロープウェイ待ちはなんと屋外まで続く長蛇の列……。 1時間ほどゴールデンウィークの冷たい夜風にさらされ、「せっかく温泉で温まったのに!」と家族で震えながら後悔。春の函館山頂を甘く見てはいけない、という教訓を得た夜となりました。

管理棟前の「原石」が語る、130年の歴史

 上磯ダム公園キャンプ場の管理棟前には、どっしりと鎮座する巨大な岩が置かれています。 近づいてみると、そこには「贈 日本セメント 上磯工場 平成5年4月」の文字。今から30年以上前、この公園の整備が完了した際に寄贈されたもののようです。何気ないこの「石灰岩」ですが、調べてみると、この北斗市(旧・上磯町)の歴史が見えてきました。



東日本屈指。300年先まで続く「石灰岩の山」
 北斗市の山中には、東日本屈指の規模を誇る石灰岩鉱山「峩朗(がろう)鉱山」があります。 その歴史は古く、1890年に北海道セメント株式会社がセメント工場(現在稼働中のセメント工場では日本最古、現在の太平洋セメント上磯工場)を設立し、1892年に峩朗鉱山を開山しています(*2)。北海道にこれほど長寿な鉱山があったとは驚きです。同鉱山は130年以上の時を経た今なお現役で稼行し、年間750万トンもの石灰岩を採掘しています(*3)。同鉱山の石灰岩の岩体は、奥行き5km、幅3km、厚さ500mという途方もない巨大さ(*3)。現在のペースで採掘を続けたとしても、300年は掘り続けられるという膨大な埋蔵量を誇ります(*3)。

圧倒的な運搬スケール!
 さらに驚かされるのは、その運搬システムです。 採掘された石灰岩は、山の上から海岸の工場まで、全長6.2kmにも及ぶ巨大なベルトコンベアで直送されています。さらに海岸へ目を向ければ、海に2kmも突き出した桟橋があり、6万トン級の巨大運搬船が横付けできるようです(*2)。この静かなダム公園の裏側には、そんなダイナミックな産業の鼓動が脈々と流れているのです。

時代を越えてダムを支える、地元の絆
 北海道セメント株式会社は以後変遷していきます。1915年、浅野セメントと合併し浅野セメント株式会社となり、1945年、日本セメントに改称し、1998年に秩父小野田セメントと合併し太平洋セメント株式会社となったとあります(*2)。上磯ダムの完成は1991年で、この公園は1990〜1993年に整備されています(*1)。この頃は、まさに「日本セメント」の時代でした。 上磯ダムには、おそらく、ここから数キロしか離れていない上磯工場で生まれたセメントが使われており、ダムは北斗市の農業や暮らしを支えています。この何気ない石灰岩の原石は、長きにわたる北斗市(上磯町)と、峩朗鉱山&上磯工場をはじめとするセメント産業との深い絆を象徴しているように感じられ、非常に感慨深い出会いとなりました。

*1:北斗市観光ガイド
*2:ニッポンセメント工場探訪 太平洋セメント(株)上磯工場
*3:峩朗鉱山再開発について

 キャンプ道具を撤収し、あとは帰るだけとなった後、1時間ほど時間をとって、最後に峩朗鉱山に子供を連れていきました。鉱山の入り口のところまでは車で20分くらい。とても大きな鉱山であることが伝わってきました。入り口にとてつもない大きなタイヤがあり、峩朗鉱山と書いてありました。このタイヤ、いったい何トン運べるダンプなどの重機のものなのだろう。岩石や鉱物のことを無理に好きになる必要はないけれども、潜在意識の中で拒絶しないようになってくれればいいなと思います。





石灰岩ってどんな石?

 石灰岩は「石灰質の殻を持つ海の生き物の遺骸」でできています。サンゴやフズリナ、石灰藻、目に見えないほど小さなプランクトン(円石藻)などが、長い年月をかけて海底に降り積もり、ギュッと固まってできた岩石です。これらの生物は石灰岩の中に化石となって入っていることがあります。サンゴとフズリナは肉眼でも見れます。フズリナは有孔虫の一種で、古生代に生きていた石灰質の殻を持った数ミリ〜数センチ程度のアメーバーのような生物です。
 石灰岩は、地学事典によると、炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする堆積岩で、炭酸カルシウムの重量パーセントが50%以上のものとあります。堆積岩は堆積して固結した岩石のことを言います。岩石は鉱物が集まってできています。石灰岩を構成する鉱物の大部分は、炭酸カルシウムを成分とする鉱物で「方解石(カルサイト calcite)」と呼ばれる鉱物です。方解石と同じ成分ですが結晶の形が異なる鉱物に「あられ石(アラゴナイト aragonilte)」という鉱物も混ざっていますし、炭酸マグネシウムの鉱物「苦灰石」が混ざっています。


 峩朗鉱山へ向かう道脇に落ちていた石灰岩


石灰岩の用途

 石灰岩は、社会でどのように役に立っているのでしょうか。下のグラフは、石灰岩の用途の割合を示した図です。ダントツでセメントですが、私たちの暮らしを密かに支えています。
・コン骨材(コンクリートの中に混ぜる砂利のこと、コンクリートの中は砂利が多く、セメントは砂利をくっつける充填材です)
・鉄鋼(鉄鉱石から鉄を抽出する際の不純物除去材)
・身近なものとしては
 歯磨き粉の研磨剤、紙に混ぜて平滑性やインク吸着の向上、学校のグラウンドで使う白線の粉末やチョーク、畑に撒く苦土石灰、融雪剤(塩化カルシウム)の原料でもあります。
このように大量に消費されている石灰岩ですが、日本国内で100%自給自足できている数少ない資源です。それだけ日本には石灰岩が豊富に存在しています。

「石灰石の生産・出荷推移,石灰石鉱業協会」のデータを用いてグラフ描画



ここより下は、長々と地質の話を書いています。


なぜ、ここに「厚さ500m」もの巨大な石灰岩の岩体があるのか?

 サンゴ礁が生息するのは、太陽の光が届く「水深60mより浅い海」で、サンゴが繁栄するのは「水深20から30mより浅い部分」です。(文献:*24) 峩朗鉱山の石灰岩の岩体は奥行き5km、幅3km、厚さ500m(鉱体として:鉱山として採掘できる岩体の厚み)もあります。(文献:*3) なぜ、こんなに厚く積もることができたのでしょうか?

調べてみると、例えば、秋吉台の巨大な石灰岩の岩体は、以下のようなストーリーです。(文献:*27 秋吉台パンフレット
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「かつて、南の暖かい海に火山島(海面近くまで成長した海山や海台でもいい)がありました。海面近くではサンゴ礁が育ちます。火山島を乗せた海洋プレートは徐々に動きながら沈降していきます。サンゴは太陽を求めて、沈むスピードに合わせて「上に、上へ」と成長を続けました。数千万年の年月をかけて、500〜1000mのぶ厚い石灰岩の層が形成されました。」
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 秋吉台と似ているのかもしれない。峩朗鉱山の石灰岩の岩体は、秋吉台ほどではないですが、北海道では最大規模です。少し考えてみます。



そもそも、サンゴ礁はどのくらいのスピードで成長できるのか

■石灰質の殻を持つ生物が堆積する水深

 石灰岩の原料となる石灰質の殻を持つ生物は、太陽光が届く範囲に生息します。サンゴは体内に光合成を行う褐虫藻が住んでいて、それからエネルギーを得ています。フズリナも光合成をする藻と共生していて、エネルギーを得ていたと言われています。石灰藻は光合成を行う植物、円石藻は光合成を行う植物プランクトンで、いづれも太陽光が必要です。太陽光は水深100mより深くなるとあまり届かなくので、これらの生き物は100mより浅い暖かい海にたくさん住んでいます。ラグーンや大陸棚のような浅い海が続いているところに遺骸が堆積し石灰岩が生まれていっています。石灰質の殻を持つ生き物の遺骸が沈んでいくとどうなるでしょうか。水深4000mを超えるような水圧の高いところでは、海水に溶けてしまうと言われており、深海底では石灰岩は生成せず、石英の殻を持つ放散虫の遺骸が堆積し、チャートや珪質泥岩が生成していきます。

 分厚い石灰岩ができるためには、サンゴ礁が成長し続けなければならないですが、サンゴ礁は水深が60mより浅い海で形成し成長でき(*24)、陸上では死んでしまうので、サンゴが成長を続けるためには、成長スピードと同程度のスピードで海水面が上昇していくか、地盤が沈んでいかないと実現しないと思います。

(*24) 大山 桂,サンゴ礁と石灰岩



■海水面上昇は、どのくらいなのか

■琉球地方の例:
 現在の琉球地方には美しいサンゴ礁が広がります。あのサンゴ礁は海面上昇により形成されたものと言われています。地球は、今から2万年前の最終氷期の時、海水面が今より140m〜120mも低かったと言われています。それから現在に至るまでに2回の大きな海水面上昇があったようです。(*4)


■■ステップ1:
 氷期の後半(だんだん暖かくなってきた時代)は氷が溶けて海面上昇が起こり、100年で1m上昇したようです。年間10mmですね。この海面上昇は今から1万2千年前で一旦落ち着き、その時の海水面は今から50m〜60m低い状態でした。

■■ステップ2:
 1万年前からまた海水面上昇が始まり6000年前で現在の海水面に達するようです。この海水面上昇は同程度か少し多いくらいで年間10mm以上です。

 この海水面上昇に対してサンゴ礁はがんばって成長したようです。成長しないと水深が深くなり、太陽光が届きづらくなり、生きていけなくなります。熱帯地方には140mの厚さに達しているサンゴ礁が存在するようです。日本の琉球列島は50mより深いところにサンゴ礁がないので、緯度が高いからでしょうか、ステップ1の時はサンゴ礁が成長できる環境にはなかったと思われ、ステップ2で成長したようです。6000年前以降は海水面が安定し、以降、サンゴ礁はジリジリ成長し、100年で0.1m〜0.4m(年間:1mm〜4mm)となり、水面近くまで綺麗に成長して平坦なラグーンを作ったようです。

 このことから、年間1cmは成長できると言えます。このあたりのお話は、文献(*4)に記載されていますので、興味がありましたら読んでみてください。とはいえ、この海水面上昇により生成される石灰岩は、最大でも140m程度なので、峩朗鉱山の少なくとも500mという厚みには、まだまだ足りません。

(*4):自然環境研究センター「日本のサンゴ礁 環境省・日本サンゴ礁学会 編」


■世界のサンゴ礁の成長速度

 サンゴ礁は、世界的にどの程度の上下方向の成長速度を持っているのでしょうか。現在の熱帯および亜熱帯のほとんどのサンゴ礁は、完新世(約1万1700年前〜現在)に堆積したものです。サンゴ礁のボーリングコアから、過去にどのくらい堆積したかを調査したデータがあります。(*5) この資料によると、日本列島に関係するサンゴ礁の年間平均垂直成長速度は以下です。

エリア平均最大最小
世界7.140957
±2.90452mm
560mm0.008993mm
西太平洋沿岸地域
(日本を含む)
5.98mm
±9.81mm
71.5mm0.022044mm
フィリピン、インドネシア、マレーシア(コーラル・トライアングル)から、日本(南西諸島など)
太平洋(外洋域)5.36mm
±7.90mm
69.56522mm0.008993mm
ハワイ、ポリネシア(タヒチなど)、ミクロネシア、メラネシアの諸島部

 だいたい、日本列島及びそれに関連する海洋プレート上の島々では、概ね1年で5〜6mm成長するようですが、条件が良ければ70mm、条件が悪ければ全く成長しないか、削れてしまってマイナスになることがわかります。500m成長するには、年間6mmで8万3300年、最大の年間71.5mmで6993年です。この時間は悠久の地質年代の中では僅かな時間です。なんと、世界には、年間560mmも成長しているところがあります。オーストラリアです。運良く560mmの成長を続けられた場合は、僅か893年で500mに達します。

(*5):RADReef: A global Holocene Reef Rate of Accretion Dataset(世界サンゴ礁堆積速度データセット)



■海の容積変化による海水面変動

 海水面変動は、前述の「大陸氷床の増減や地球の気候変動等」によるものの他に、地球の変動(例えば、大陸移動など)で海の容積が変化したときに起こることがあります。最も長期間の変動は2〜3億年周期(超大陸が分裂し、分裂した大陸が合体して再び超大陸になる周期)で、「第一次海水準変動」と呼ばれています。それによる海水面上昇は、層序学による観察の結果や計算による結果計算で、だいたい300mくらいのようです(*6)。

 どうやら、海水面上昇では、峩朗鉱山のような分厚いサンゴ礁はできなさそうに思えます。

(*6) 国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球史で最も長い周期の海水準変動が、海洋底の「平坦化」の効果で説明できることを大陸移動の理論モデルにより解明 ―地球内部変動と表層環境変動との関係の理解に向けて―


地盤の沈降ではどうか 海洋プレートの継続的沈降

 地盤が沈むという現象は、大なり小なり起きています。身近では、下水道の破損で地下の土砂が流されて道路が陥没したり、地下水の汲み上げ過ぎで地盤沈下が起きたりします。ここで扱う地盤が沈むという現象は、例えば、日本列島全体が沈むくらいに大規模なもので、その時間は、数十万年〜億年単位で継続的に僅かずつ発生するものです。石灰岩の生成は、1年単位ではほとんどわからないくらい微量で、人間の全生涯の時間をかけても、僅かな変動のお話です。
 この僅かな変動をとてつもなく長い時間続けることができるのが、海洋プレートの活動です。地学の教科書などにも載っていますが、以下のようになります。


■海洋プレートの基本的な活動

①:プレートの生成:海嶺でマントルからマグマが上昇してきて海洋地殻が作られます
②:プレートの移動:海嶺で次々とプレートが作られ、海嶺の両側に広がっていきます。
③:プレートの沈み込み:プレートは長い間移動し、隣り合う陸側のプレートの境界からその下に入っていき、消滅します


①:生成
海嶺ではすぐ下に熱いマントルがあり、そこからマグマが供給され噴出し、海洋地殻(主に玄武岩)が作られます。この厚さは6kmくらいと言われています。
②:移動
海嶺では次々に海洋地殻が作られ、海嶺の両側に広がっていきます。海嶺から離れるにしたがい、海洋地殻は冷えていき、海洋地殻の下にあるマントルの上層部も冷えてきます。すると、海洋地殻とマントル上層部がくっついて一体化するようです。この冷えて固まった部分がリソスフェア(岩石圏)と言われるものです。リソスフェアは、海嶺近くの熱い時は薄く、海嶺から離れるに従い深くまで冷えて厚みを増します。海洋地殻とマントル上層部の境界は「モホロビッチ不連続面(通称[モホ面])」と言われます。リソスフェアが海洋プレートとして動いています。
③:沈み込み
海洋プレートは長い時間を旅し、お隣の陸側のプレートと出会います。その時間は、現在の太平洋プレートで1億3000万年〜1億6000万年にもなります。海洋プレートは陸側のプレートより比重が大きい(重い)ので、陸側のプレートの下に潜っていきます。この時、ほぼ水平に移動していた海洋プレートは変形して曲がり、斜め下に方向を変えます。リソスフェアは冷えて固まっているので、ぐにゃっとは曲がらず、表面はヒビが入り断層ができます。また、テコの原理で、沈み込む手間でが盛り上がるようです。このポイントは「アウターライズ(海溝外縁隆起帯)」と言われています。このポイントを過ぎると、海洋プレートは陸側の下に向きを変えて沈み込んでいきますので、沈み込みの開始点と思えます。



■海洋プレートは非常にゆっくり沈降していく


 海嶺で生まれてから、海溝手前で沈み込みのため移動方向を変えるまでの間、海洋プレートは僅かずつ沈降していくようです。「岩石圏の年齢に伴う海洋深度と熱流量の地球規模変動モデル」(GDH1モデル(Stein and Stein, 1992))(*7)を用いて海洋底の深度を計算すると、まだ生成して間もないころは沈む速度が比較的早いのですが、だんだん遅くなり、5600mくらいで頭打ちになります(下の表を参照)。海嶺の水深が2500mくらいとすると3100m程沈降していることになります。この沈降速度は非常にゆっくりしたもので、サンゴ礁が余裕で成長できる速度であるため、火山島や海山が海面近くまで成長した場合は、条件が良ければサンゴ礁が成長を続けて厚い石灰岩ができあがる可能性があります。


 時間(Ma:100万年) 水深(m) 時間(Ma:100万年) 水深(m)
 0Ma 2500 110Ma 5525
 10Ma 3565 120Ma 5560
 20Ma 4010 130Ma 5590
 30Ma 4350 140Ma 5610
 40Ma 4625 150Ma 5625
 50Ma 4855 160Ma 5635
 60Ma 5045 170Ma 5643
 70Ma 5200 180Ma 5548
 80Ma 5320 190Ma 5652
 90Ma 5410 200Ma 5655
 100Ma 5475

 沈降量は、例えば、日本に多くの地震を引き起こす太平洋プレート(東西13,000km)で計算すると、平均して1キロメートルで23cmです。角度にして0.013°、ほとんど水平です。太平洋プレートの移動速度を年間8cmとすると、100年かけても1.84mmしか沈みません。サンゴ礁の成長速度は年間5mm程度なので十分です。1億6300万年かければ3000mの厚みに達します。峩朗鉱山にあるような500m厚の石灰岩ならば、約2700万年でできあがります。2700万年は、太平洋プレートが日本とハワイの距離の1/4程度を移動する時間ですので、あり得ると思えます。

(*7) Stein, C. A. and Stein, S. (1992). A model for the global variation in oceanic depth and heat flow with lithospheric age. Nature, 359, 123-129. https://doi.org/10.1038/359123a0

 なぜ沈降するのかというと、海洋地殻と上部マントルが一体となったリソスフェアが冷えてコチコチに固まると、熱収縮で縮むので密度が高くなる。そうすると、その下の熱くて多少流動できるマントル(アセノスフェア)よりも比重が大きくなって沈もうとする。海洋地殻の表面に分厚い堆積層ができるとさらに重くなり、なお沈もうとする、ということがあるようです。ただ、リソスフェアの厚みは限界があり、アセノスフェアから熱が供給されるので、あるところまで冷えると、それ以上冷えなくなり、沈み込みは落ち着く。ということのようです。



峩朗(がろう)鉱山と石灰岩:数億年の時を越えた物語

 以上を踏まえて、上磯ダム公園キャンプ場の管理棟前に置かれた、大きな石灰岩の塊を改めて考えてみます。この石の正体を知ると、私たちが住んでいるこの「日本列島」が、ダイナミックな歴史を経て誕生したことが見えてきます。

 峩朗鉱山の石灰岩の岩体は、中に含まれる化石(コノドント)から、中生代の三畳紀の後期、カーニック〜ノ リック(今から約2億3,700万年前から約2億850万年前)の時代に生成したと言われています。(*8) また、海溝に達して付加した年代は、後期ジュラ紀としています。石灰岩を含む付加帯の地層の形成年代(中期ジュラ紀 カロビアン〜前期白亜紀 バレミアン)です。(*29) この頃の地球についてイメージします。

(*8) 坂上澄夫・南川純夫・川島幹雄,(1969),北海道渡島半島上磯石灰岩のコノドントとその地質時代の考察,地学雑誌,78(6),415-421. https://doi.org/10.5026/jgeography.78.6_415
(*29) 産総研 地質調査総合センター, 地質図Navi. https://gbank.gsj.jp/geonavi/


■日本列島の基盤を作ったプレート

 現在の日本列島の基盤の多くは、中生代にできたと言われています。右の図は日本列島に分布する中生代の付加帯の分布略図です。見た感じ6割〜7割といったところでしょうか。中生代は恐竜やアンモナイトが生きていた時代です。



■パンゲア超大陸の時代

 地球の歴史上、超大陸が分裂し、分裂したものが集まって合体して再び超大陸になる(超大陸の周期的な分散と集合)ことを繰り返しているといいます。(*9) 最も最近ではパンゲアという超大陸が存在していたといいます。今から3億年も前、古生代の石炭紀の頃にできはじめ、2億年前頃に最も集合して輪郭がはっきりしたと言われています。パンゲアは、大きく北側のローレシアと南側のゴンドワナという二つの大陸からなり、ローレシアは現在の「北アメリカ大陸」「ユーラシア大陸」、ゴンドワナは「オーストラリア大陸」「インド大陸」「南アメリカ大陸」「アフリカ大陸」「南極大陸」が一緒になっていたものでした。(*9) 以下は2億年前の地球の姿です。現在の秋吉台の元となる石灰岩の岩体がユーラシア大陸の前身のローレシア大陸に衝突したのがこの頃です。


(*9) 吉田晶樹のホームページ 超大陸の形成とウィルソンサイクル

 この時代の海は、大きく二つありました。パンゲア大陸に囲まれた内洋は「テチス海」といい、浅瀬の海だったようです。赤道付近なので温暖だったのでしょうね、たくさんの生き物を育んだようです。外洋は「パンサラッサ」と呼ばれる広大な海でした。1億9000万年前頃に、パンサラッサの真ん中あたりにマントルから熱の塊が上がってきて(プルームという)、マグマの噴出が起こり、現在に続く太平洋プレートの生成が始まったと言われています。太平洋プレートができた以降、パンサラッサの海底を構成する3つのプレートうち、北西側のプレートのことを「イザナギプレート」と呼びます。イザナギプレートは、後に日本列島の基盤となるローレシア大陸の東の端に下に向かって動いていきます。


500mの厚さの石灰岩はどのようにしてできたか、イメージしてみる


■サンゴ礁の形成と、ローレシア大陸への衝突の時期

 峩朗鉱山の石灰岩岩体の生成年代と、その石灰岩岩体が日本列島の基盤となるローラシア大陸(ユーラシア大陸の前身)の東の端にぶつかって付加した年代は以下です。
・石灰岩の生成:
  後期三畳紀 2億3,000万年前〜2億850万年前
・石灰岩の日本列島への衝突と付加:
  後期ジュラ紀 約1億6,000万年前〜1億4,500万年前
  ※上磯の付加帯は、中期ジュラ紀 カロビアン期〜前期白亜紀 バレミアン期ですが(*29)、前期白亜紀には海溝がトラップして付加が停止するので(*28)、後期ジュラ紀に付加したと仮定する

 石灰岩の厚みは、プレートが沈降した量と考えます。プレートの沈降量は小さく、サンゴ礁が十分成長できる量です。プレートの沈降量は、プレートモデル(GDH1)で算出した水深の差分とします。

(*28) 新井田清信・紀藤典夫,1986: 北海道における白亜紀島弧-海溝系ーその地質構成と造構史ー,地団研専報,31,379-402.
(*29) 産総研 地質調査総合センター, 地質図Navi. https://gbank.gsj.jp/geonavi/


■プレートの移動量

 後期三畳紀の石灰岩生成年代は、石灰岩岩体の一部から観察できた化石から想定されるものですが、わかりやすくするため、生成開始年代として扱わせていただこうと思います。イザナギプレート(太平洋プレートが生まれる1億9千万年以前は「古太平洋プレート」と呼ばれる)のプレート移動速度を(*11)から読み取ると、ざっくり、以下のようになります。230Ma以前は記載がないのですが、古い時代は海嶺に近いため、海嶺の近くの移動量にします。120Ma〜150Maがいきなり20〜30cm急に増えていますが、(*11)から引用しているもので、地質調査から得た移動速度ですのでより正確と思います。

 時間(Ma:100万年) 移動速度 平均速度
 230Ma以前 7cm 7cm
 230Ma〜201Ma 5〜7cm 6cm
 200Ma〜181Ma 4〜7cm 5.5cm
 180Ma〜161Ma 5〜7cm 6cm
 160Ma〜151Ma 7〜8cm 7.5cm
 150Ma〜140Ma 30cm 30cm★
 139Ma〜120Ma 20.7cm 20.7cm★

 上記の値から、石灰岩が生成してから日本列島の基盤となるローレシア大陸の東端に付加するまで、連続的に移動した場合の移動距離を計算します。

(*11) Maruyama et al. (1997), Paleogeographic maps of the Japanese Islands: Plate tectonic synthesis from 750 Ma to the present, The Island Arc 6(1), 121-142. https://doi.org/10.1111/j.1440-1738.1997.tb00043.x



■海嶺からアウターライズ手前までのプレートの沈降量算出(3パターン)

・石灰岩の生成した年代:
  後期三畳紀 2億3,000万年前〜2億850万年前
・石灰岩が海溝で陸地へ衝突し付加した年代:
  後期ジュラ紀 約1億6,000万年前〜1億4,500万年前

以下の3パターンで計算してみます。
① 最長:2億3000万年前〜1億4500万年前
② 中間:2億1925万年前〜1億5250万年前
③ 最短:2億850万年前〜1億6,000万年前



■海嶺から各ポイントまでの距離

 石灰岩生成のポイントとなる「海嶺」「ホットスポット」「サンゴ礁形成」「アウターライズ」各ポイントまでの距離を計算してみました。

・A:海溝から海嶺の距離
 後々日本列島になるところに付加した年代でデータセット(*14)を表示し計測した値

・B:海溝から石灰岩生成開始地点までの距離
 石灰岩生成から海溝で陸地に付加するまでの経過時間と、プレートの移動スピードから計算

・C:石灰岩生成開始地点からホットスポットまでの距離
 (*11)から読み取ったこの時代のプレート速度で、1Ma進んだ距離。
 ※1Ma:ハワイの火山島をモデルとして、島ができてから火山が終息して広いサンゴ礁ができるまでの時間はこのくらい

・D:ホットスポットから海嶺までの距離
 Aー(B+C)



 パターン  海嶺  ホットスポット  石灰岩生成開始  アウターライズ  海溝
 ① 最長  0km  3380km  3450km  9690km  9800km
 ② 中間  0km  5400km  5340km  9590km  9700km
 ③ 最短  0km  6570km  6630km  9330km  9440km


(*11) Maruyama et al., 1997, Paleogeographic maps of the Japanese Islands: Plate tectonic synthesis from 750 Ma to the present, The Island Arc 6(1), 121-142. https://doi.org/10.1111/j.1440-1738.1997.tb00043.x
(*14) Data source: Matthews et al., 2016, based on Domeier and Torsvik 2014 and Müller et al. 2016.



■海嶺からアウターライズ手前までの海洋プレートの経過時間(1Ma=100万年)


   海嶺  ホットスポット  サンゴ礁形成  アウターライズ手前
 ① 最長  0Ma  48.29Ma  49.29Ma  132.92Ma
 ② 中間  0Ma  79.43Ma  80.43Ma  147.06Ma
 ③ 最短  0Ma  96.79Ma  97.79Ma  145.29Ma


■アウターライズ手前までの各ポイントの水深

 サンゴ礁の形成が始まってから、アウターライズ手前までは、ほぼ水平移動しながらプレートが全体的に沈降していく期間となります。この期間で沈降する量は、127m〜585mとなりました。計算は、プレートモデル(GDH1)を用いて、プレートが生まれた海嶺から各ポイントまでの経過年数の時の水深を計算したものです。


   海嶺  ホットスポット  サンゴ礁形成  アウターライズ手前  沈降量
 ① 最長  2500m  5005m  5023m  5590m  585m
 ② 中間  2500m  5379m  5387m  5607m  228m
 ③ 最短  2500m  5483m  5488m  5610m  127m


■アウターライズ(海溝前縁隆起帯)から海溝までのサンゴ礁成長量

 アウターライズを超えるとプレートは沈み込みに向け方向を下向きに変え、次第に海溝に向かって沈んでいきます。ですが、サンゴ礁の成長は、沈み込むスピードがサンゴ礁の成長スピードを超えるまで続くはずと思います。この時代(1億5千万年前)の地球の状態を描画してみます(下の図)。 この時代(ジュラ紀)は恐竜が生きていた時代です。極地方にも氷床がないくらいに温暖な時代だったと言われています。そのため、峩朗鉱山の石灰岩岩体を乗せた火山島は、海溝に向かって沈んでいく過程においても、サンゴ礁を形成し続けていたのではないかと思います。



 アウターライズから海溝までの間、どのように沈んでいったかは、イザナギプレートが消滅してしまった現在においては詳細にわからないと思うので、イザナギプレートの同じかそれより大きいと思われる現在の太平洋プレートで代替しようかと思います。(*15) この資料のアウターライズ(海溝前縁隆起帯)の図から、海溝までの距離に対する水深をざっくり推測します。イザナギプレートの移動量を年間30cm(*11)とし、地震波による計測図は実際より縦方向に拡大されているはずなので、補正して計算すると、以下のようになりました。


 海溝までの距離
   (km)
 水深
 (m)
水深差
 (m)
 年間沈込量
  (mm)
 サンゴ礁
 成長可否
   116 5063 ー   ー   ◯ 
   110 5100 38  1.875   ◯ 
   100 5175 75  2.25   ◯ 
   90 5250 75  2.25   ◯ 
   80 5288 38  1.125   ◯ 
   70 5333 45  1.35   ◯ 
   60 5400 68  2.025   ◯ 
   50 5505 105  3.15   ◯ 
   40 5708 203  6.075   ◯ 
   30 6000 293  8.775   △ 
   20 6510 510  15.3   × 
   10 6975 465  13.95   × 
    0よみとれず  ー   ー   ー 

 現在の西太平洋沿岸域のサンゴ礁の平均年間成長量は「5.98mm±9.81mm」であり、これに収まる範囲で考えると、水深6000mくらいまでは、火山島の沈み込み量にサンゴ礁の成長が追いつくことでできそうです。その場合、298mくらいはサンゴ礁積み上がりそうです。アウターライズより前までの成長量を加えると、

   石灰岩の厚み
 ① 最長  883m
 ② 中間  526m
 ③ 最短  425m

 峩朗鉱山の石灰岩の鉱体の厚み(500m)を挟んだ値となりました。もし、海溝への長い旅路でプレートと、プレートに乗っている火山島が、非常に緩やかに沈降していき、それに合わせて、サンゴ礁が太陽光を求めて上へ上へ成長を続け、火山島に浅瀬のラグーンを作り続ける安定した状態が続いた場合、現在観察できる峩朗鉱山の石灰岩の厚みは、だいたい、後期三畳紀〜後期ジュラ紀にかけて、海溝に沈み込む直前までサンゴ礁が成長できた場合にできるという計算(これもかなりざっくり)になりました。


(*11) Maruyama et al., 1997, Paleogeographic maps of the Japanese Islands: Plate tectonic synthesis from 750 Ma to the present, The Island Arc 6(1), 121-142. https://doi.org/10.1111/j.1440-1738.1997.tb00043.x
(*15) 国立研究開発法人海洋研究開発機構 アウターライズ地震活動による海洋プレート構造の変質~日本海溝と千島海溝における巨大アウターライズ地震活動の違い~



■実際はの石灰岩岩体はもっと厚い

 ですが、渡島半島の上磯地域の付加帯に関する文献を読んでみると、峩朗鉱山の石灰岩岩体と、それが入っている先第三紀の地層について、

・「石灰岩自体は三畳紀のカーニアンからノーリアンの時のにできた」(*18)
・「生物礁石灰岩を頂部に載せた海山体およびその周辺で形成された海洋性堆積岩類の複合コンプレックス」(*16)
・「層厚4000m以上(上磯コンプレックスの石灰岩ユニット(サブユニットA))」(*16)

 と説明があります。疑問が生じました。

三畳紀のカーニアンからノーリアン期(3130万年間)で、4000mもの厚さの石灰岩岩体が出来上がるだろうか

 そこで、また、計算を試みました。サンゴ礁が生成を開始した年代を発見された化石による年代(三畳紀カーニアンの最初 2億3700万年前)とし、海溝でローレシア大陸にぶつかって付加した年代を、通説の範囲の真ん中あたり(ジュラ紀後期 1億5200万年前)とし、その時のイザナギプレートのプレート長(海嶺から海溝までの距離を(*13)を用いた描画アプリより読み取り)を9800kmとし、プレートの移動量を(前述のイザナギプレートと古太平洋プレートの年間移動量表)とした場合、海嶺から海溝までのイベントを時系列で並べると、以下のようになります。

イベント 何年前か (1Ma=100万年) 備考
海嶺にてプレートができる 296.64Ma 
ホットスポットで火山島ができる 236Ma 
火山活動が終わり、サンゴ礁が広がる 237Ma三畳紀 カーニアン期の最初にサンゴ礁ができたと仮定
地上部が削れて、平頂海山となる 228.75Ma現在のハワイ諸島でカウアイ島の隣の平頂海山の位置まで要したと思われる時間(8.25Ma)を237Maから差し引く
サンゴ礁の成長が限界を迎える 205.7Maノーリアン末でサンゴ礁成長が終わったと仮定
アウターライズ手前 152.37Maアウターライズから海溝までの距離を120kmとし、この時代のイザナギプレートの年間移動量30cmで要する時間を、海溝に付加した年代に加算
海溝=付加152Ma

 熱収縮による密度上昇による沈降(GDH1)以外に、火山島の自重による沈降(アイソスタシー補正)と、ホットスポットによる膨らみ(Swellの減衰量)を追加考慮して、沈降量を求めます。
 サンゴ礁の生成開始から成長停止まで(カーニアン〜ノーリアンの間)の三畳紀の沈降量を計算すると、

・熱収縮(GDH1):276m
・火山島の自重による沈降(アイソスタシー補正):735m
・ホットスポット通過時の「膨らみ」が離脱後に消える分(Swellの減衰量):780m
合算すると
三畳紀の石灰岩生成厚「1791m」

 これくらいは、火山島の上に成層石灰岩が載っかる形で成長できたのではないかと、ざっくり思えました。この厚みは、現在の峩朗鉱山の鉱体の厚さ(500m)の3倍以上ですが、文献(*18)には、石灰岩体は成層石灰岩で層厚4000m以上とあり、内部構造は不明とあります。まだまだ足りません。火山島の沈降以外に石灰岩の層厚を増加させる何かがありそうと思えました。

 内部構造が不明とあるので、もし、サンゴ礁が、海溝に沈み込む直前まで(前期白亜紀まで)成長していたとすると、火山島に載っている石灰岩はどのくらいの厚さになったのかもを、火山島の沈降量から想像してみます。

ジュラ紀の沈降量(アウターライズ直前まで)は、
・熱収縮(GDH1):151m
・火山島の自重による沈降(アイソスタシー補正):1528m
・ホットスポット通過時の「膨らみ」が離脱後に消える分(Swellの減衰量):400m
合算すると「2079m」

これに、前述の、アウターライズから海溝に沈み込むまでのサンゴ礁成長量を加えます。
2079+293=2372m

これに、三畳紀のサンゴ礁成長量(1791m)を追加すると
1791+2372=後期三畳紀〜前期白亜紀のサンゴ礁成長量:4163m

ひょっとして、もし、前期白亜紀の海溝沈み込み直前までサンゴ礁が成長していたら、4163m の成層石灰岩が生成していたかもしれないなと思いました。

と思いました。


石灰岩が日本列島にくっついた後の話 〜地質図を見てみる〜

 石灰岩成長の時代を地質年代表に沿って入れてみました。石灰岩成長の各ポイントの経過時間に加えて、峩朗鉱山の石灰岩の岩体が入っている地層(上磯層群)の層序(地層の積み重ね順番)を5万分の一の地質図幅「大沼公園」を参照して入れてみました。
 そうすると、白亜紀と古第三紀の地層がないことがわかりました。ジュラ紀の付加帯の次に来るのが、いきなり新第三紀なのです。



なぜ、1億3000万年もの長期に渡り、地層がないのだろう。。。

 峩朗鉱山のある地域の付加帯の層と隣り合う層は不整合の関係にある(*17)ことがわかっていて、そうなると、不整合ができる前は、隆起して海面より上に出たので、風雨に削られてなくなったということになります。また、付加帯に含まれている峩朗鉱山の石灰岩と周りの地層は、ほとんど断層で接しているとのことですが、一部だけ不整合で接している面があるとのこと(*16) とのこと。これは、付加帯全体はもとより、その中の石灰岩自体も地上に顔を出していた時期があるのだと思います。その時代は白亜紀の初め頃です(*17)。このとき、石灰岩が地上に顔を出し、その後、しばらく地上の時代が続く(1億3000万年くらい)、その後、地質図幅の説明にあるように、新第三紀で沈降しはじめ、最初は波打ち際みたいなところで、礫が堆積し不整合で接する地層が乗っかった。そのあとも徐々に深くなっていって、泥が静かに堆積するようになり、その後、だんだん浅くなっていって陸地になり、そこで急速な隆起が何度かあって、海や川の境界に段丘ができる。その後、函館平野が堆積して街ができる。というような物語が想像できて、面白いなと思いました。

 失われていた1億3000万年くらいの間に何があったのか、峩朗鉱山の石灰岩を含む付加帯と周辺には痕跡が残っていないよう、峩朗鉱山の地域から見ると欠落しているように見えるこの時代ですが、この時代の島弧ー海溝系のシステムが作り上げただろう北海道の基盤は、北海道全体の中軸をなす地質帯です。色々なところに痕跡があります。渡島半島の生成は、北海道誕生の第一幕なんだろうと、面白く感じられました。厳密には想像と違うのだろうと思いますが、概ね、こんな感じなのかなと想像できるだけで、目に映る景色が変わってくるのではないかと思いました。


イザナギプレートのその後

 イザナギ(伊邪那岐命)は、日本神話に登場する、日本列島を生み出した神様の一人です。その名前を冠くプレート(イザナギプレート)は、古生代から、そして、多くは中生代から古第三紀にかけて、日本列島の基盤を、とてつもないスピード(現在の太平洋プレートの2〜3倍の速度)でつくり、そして、地下深くに消えていきました。イザナギプレートが作った基盤は付加帯と呼ばれる地質で、現在の日本列島の大部分を占めています。まさに国創りの神です。付加帯の中にはイザナギプレートが運んできた莫大な量の石灰岩が眠っています。日本で石灰岩が自給自足できているのは、イザナギプレートのおかげと言いっても過言ではないと思います。イザナギプレートが消えさった後、後を継いだのが、現在も活動中の太平洋プレートで、太平洋プレートは日高山脈を持ち上げていくのです。

 イザナギプレートは、全て、地下深くに消え去ってしまったのでしょうか。実は、ほんのわずかだけ、残っておられます。有名どころは二つです。日高山脈の「ポロシリオフィオライト」、士別市にある「幌加内オフィオライト」と呼ばれる各地質帯です。(オフィオライトとは大昔の海洋底プレートの断面が地上に現れているもの)。 ポロシリオフィオライトの模試地はかなり山奥にあるため、見に行くのが大変なのですが、幌加内オフィオライトの模試地は、それに比べると割と楽に巡ることができます。 これらのオフィオライトは、イザナギプレートのほんの一部ではありますが、奇跡的にプレートの構造を完全に残している貴重なものです。そこには色々な岩石鉱物が出てきます。興味があれば、悠久のイザナギプレートを見にいってみるのも面白いと思います。 他、興味のある方は空知層群という地質帯を調べてみるとよいと思います。空知層群は、夕張岳手前の前岳や富良野の芦別岳を作っている地質帯です。夕張岳に点在する巨大なノッカーの中にも、イザナギプレートの破片なのではと想像したくなるものがあります。「ガマ岩」はそうではないのだろうか。。。登山しながらイザナギプレートの上を歩いてみると違った感動があるかもしれません。

 下の図は、1億4000万年前の、のちに渡島半島になるあたりの断面図です。この図は、文献*18の図をベースとしたものです。わかりやすいと思ったのでベースとさせていただきました。文献*28に詳しい手書きの図があります。




参考文献

 引用文の体裁については、厳密に整えてはおらず、申し訳ありません。並び順は、概ね、本記事を書きながら見ていった順番です。意図はありません。ご了承ください。文章中で引用していない資料もありますが、参考にさせていただいたので載せています。

(*1) 北斗市観光ガイド
(*2) ニッポンセメント工場探訪 太平洋セメント(株)上磯工場
(*3) 峩朗鉱山再開発について
(*4) 自然環境研究センター「日本のサンゴ礁 環境省・日本サンゴ礁学会 編」
(*5) RADReef: A global Holocene Reef Rate of Accretion Dataset(世界サンゴ礁堆積速度データセット)
(*6) 国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球史で最も長い周期の海水準変動が、海洋底の「平坦化」の効果で説明できることを大陸移動の理論モデルにより解明 ―地球内部変動と表層環境変動との関係の理解に向けて―
(*7) Stein, C. A. and Stein, S., 1992, A model for the global variation in oceanic depth and heat flow with lithospheric age. Nature, 359, 123-129. https://doi.org/10.1038/359123a0
(*8) 坂上澄夫・南川純夫・川島幹雄,1969,北海道渡島半島上磯石灰岩のコノドントとその地質時代の考察,地学雑誌,78(6),415-421. https://doi.org/10.5026/jgeography.78.6_415
(*9) 超大陸の形成とウィルソンサイクル
(*10) 阿武隈・北上山地の地質構造発達史編集委員会 阿武隈・北上山地の地質構造発達史
(*11) Maruyama et al., 1997, Paleogeographic maps of the Japanese Islands: Plate tectonic synthesis from 750 Ma to the present, The Island Arc 6(1), 121-142. https://doi.org/10.1111/j.1440-1738.1997.tb00043.x
(*12) 湊 正雄・山本 哲也, 1961, 上磯石灰岩からMesophyllumの発見・地質雑, Vol.67, No.791, p.488.
(*13) Müller et al., 2016, "Ocean Basin Evolution and Global-Scale Plate Reorganization Events Since the Pangea Breakup", Annual Review of Earth and Planetary Sciences, Vol.44, 107-138. https://doi.org/10.1146/annurev-earth-060115-012211
(*14) Data source: Matthews et al., 2016, based on Domeier and Torsvik 2014 and Müller et al. 2016.
(*15) 国立研究開発法人海洋研究開発機構 アウターライズ地震活動による海洋プレート構造の変質~日本海溝と千島海溝における巨大アウターライズ地震活動の違い~
(*16) 川村信人の個人ページ内の記事 私的・北海道地質百選『北海道最大の石灰岩体』
(*17) 三谷勝利・鈴木守・松下勝秀・国府谷盛明,1966, 5万分の1地質図幅「大沼公園」及び説明書,北海道立地下資源調査所,札幌ー第80号.https://gbank.gsj.jp/geolis/geolis_link/99905214/ja
(*18) 川村信人,他,1997,渡島帯東部,上磯・戸井コンプレックスに関する補足的データ,加藤 誠教授 退官記念論文集
(*19) 坂上澄夫・南川純夫・川島幹雄,1969,北海道渡島半島上磯石灰岩のコノドントとその地質時代の考察,地学雑誌,78(6),415-421. https://doi.org/10.5026/jgeography
(*20) 日本地質学会 編集,日本地方地質誌 北海道地方.
(*21) Grigg, R. W. 1982, Darwin Point: a threshold for atoll formation. Coral Reefs 1, 29-34.
(*22) 佐竹 健治,ハワイの津波堆積物,地質ニュース518号,21-28項,1997年10月.
(*23) アロハプログラム,ハワイ諸島の誕生とプレートの移動
(*24) 大山 桂,サンゴ礁と石灰岩
(*25) 石田正夫,1975,館地域の地質,地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),札幌(4) 第79号.
(*26) 武藤 俊,2025,門地域の地質,地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),秋田(6) 第9号.
(*27) Mine秋吉台ジオパーク 秋吉台パンフレット
(*28) 新井田清信・紀藤典夫,1986, 北海道における白亜紀島弧-海溝系ーその地質構成と造構史ー,地団研専報,31,379-402.
(*29) 産総研 地質調査総合センター, 地質図Navi. https://gbank.gsj.jp/geonavi/
(*30) 岩森 光 監修,文系のための東大の先生が教える 日本列島の科学,株式会社 ニュートンプレス


次に石灰岩の岩石薄片です

 では、渡島半島の石灰岩の岩石薄片を見てみましょう。と思ったのですが、時間的に厳しいので、またの機会にします。